くわばら じゅんぺい

桑原 純平 さん

卒業年:

1997年

 

現在の勤務先:

筑波大学

仕事内容:

大学院講師

物性・分子工学

挑戦するこ​と

「挑戦することから逃げた者に残るものは非充実感と後悔のみだ。」そう語るのは筑波大学数理物質科学研究科講師の桑原さんだ。高校時代、空枠の推薦をとり、受験勉強から逃れる形をとる。大学入学後、努力をした者との差を痛感した。「目標を決めて頑張った人達は輝いて見えた。」桑原さんは目標を求め、一度逃げた受験に立ち向かい、大学院受験を決意、後に合格する。

大学院時代、自分の考えで自由に進め、誰も知らない新しいことを見つけ出せる研究に魅力を感じる。研究を仕事にするという目標が出来た。「でも、自分が掲げた目標と今現在自分が出来ることの差を感じました。それを少しでも埋めようと残りの大学院生活は朝から晩まで研究漬けでした。」目標に向かっての努力は辛いが、充実感と達成感を感じさせるものであった。

博士研究員時代、アメリカへ留学。アメリカのおおらかな文化に触れ、考え方に幅ができた。その後、講師となる。「自分が何をしたいのか、将来どうなりたいのかを見つけることは、今を頑張る原動力となる。」改めて熱く生徒に訴えかける。「別に急ぐ必要はない。何か目指すものを見つけた時から、その目標に向かって頑張れば大丈夫。」

桑原さんは最後に締めくくる。「努力から逃げれば、必ず後に後悔するし達成感が得られない。銀メダルを狙うよりは、金メダルを狙ったが故の銅メダルの方が価値がある。」パワーポイントの光が桑原さんを照らしその目は輝いて見えた。

3年9組 男子・女子

自分にしか出来ないことを

学園都市と呼ばれる筑波。様々な分野の科学者とすぐに直接議論できるという環境は、他の地域にない大きな利点である。大宮高校時代。部活引退後、周囲が受験勉強に勤しむ中、目標がみつからず、勉強にやる気が起きなかった。そのため指定校推薦で大学を決めた。しかし、合格したにも関わらず達成感は一切なかった。「何がやりたいことなのかはまだわからなかったが、間違った選択をしたことはわかった。」

中央大学入学後、同じように大宮高校から指定校推薦で入学し、その後学科でトップの成績を取り、大学院受験をした先輩との出会いに影響を受け、その先輩の背中を追い、東京工業大学大学院へ進学。卒業後はアメリカ、ノースウェスタン大学で研究員としての経験を積んだ。今は筑波大学に就職し、講師として学生に指導しながら研究を続けている。

研究で成果を挙げられることは滅多にない。時に立てた仮説がまったくの見当はずれであることもあれば、いくら頑張ってもある一定以上の成果が得られないこともある。時に粘り強くやり続け、時に見切りをつけて次の研究に進むことも必要だ。精神的に辛い時もある。しかし、好きなことだから続けられる。今やりたいことが出来ていることを考えれば、大学受験での失敗や中央大学での経験も価値があったという。

現在高分子化合物による太陽光電池や触媒の研究をしている。「自分の研究が多くの人の役に立つといい。」今後、自分の研究室を持つことが目標だ。

​3年4組 男子