まるやま こうじ

丸山 浩司 さん

卒業年:

2006年

 

現在の勤務先:

国立国際医療センター病院

仕事内容:

医師

暗黒時代を抜け医学の道へ

「本当に人のためになり、直接感謝を言ってもらえるような仕事をやろう」。それまで医学に関心がなかった自分を医学へと進めたのはこうした考えだ、と丸山さんは語った。高校時代、行事に積極的に取り組んでいた彼は、周りに流されることもあったという。大学を選択する際も周りに流されて早稲田大学法学部を受験。合格し、特に目的意識はなく進学。しかし、ここからが暗黒時代の始まりだった。大学生活は楽しいが、法律に興味がない。やりたい仕事がない。ふと将来のことを考えると不安になった。父親との相談後、再受験を決意。そこからは先述した考えを胸に医学部を受験した。

「みんなには私と同じ失敗をしてほしくない。そのために今日、ここへ来た」。私たちのことをじっと見つめながら語る。「高校時代にやりたい仕事を見つけておきたかった」「なんとなく決断しなければよかった」。自身の後悔をもらしながら、念を押す。

今は、大学卒業後の二年間の研修期間を終えて一人の医師として日々働いている。進歩していく医療に対応し、身につけるために、勉強や研究は欠かせないと言う。「困った患者さんへの対応は大変だが、こんな自分でも感謝される。それが原動力」。はっきりと断言する。大変な仕事ではあるが、直接感謝を言ってもらえることをやりがいとして、日々の努力を惜しまない。「できるだけ、多くの人を救いたい」。新たな決意を真剣な眼差しで語った。

​3年2組 女子・男子

やりたい仕事はありますか

あの時の選択があったからこそ今がある。だが、その選択をしていなければ…。高校時代、やりたい仕事など特になかった。自分の学力に合っている、将来性もある、そして多くの友人も通う。そんな理由で大学を決め、法学部へ入学をした。しかし、法律への興味は湧かなかった。自分のやりたい仕事とは何なのか。現状と未来への不安から大学二年目を休学した。休学中の日々はつらいものであった。そんな中、父親への相談をきっかけに新たな道が見え始めた。「逃げる選択はするな」。そんな父の言葉により、自分は人のためになる仕事がしたいと考えるようになった。直接「ありがとう」と言ってもらえる仕事。医者になることを志し、二年遅れのスタートであったが、医学部に合格した。無事国家試験にも合格し、病院での研修医生活が始まった。過酷な日々が続いても頑張り続けた。

今は国立国際医療研究センター病院で糖尿病・内分泌を専門に働いている。大変ではあるが、患者さんから感謝される毎日。やりがいを感じている。「研究し論文を執筆していくことで、有効な治療法や予防策を見つけたい。また、日本以外の場所で医療活動をしてみたい」。そう語る目は未来を見つめていた。

大学受験での選択は人生最大のミスであった。「高校生がやりたい仕事を見つけられないのは、知っている仕事が少ないからだ」。自分のミスをこう振り返る彼は、高校生が積極的に社会やそれを支えている社会人と触れ合うことを提案している。講演を聴きに行く、実際の職場に行く、こうした経験を体感することが自分の未来設計の最初の一歩なのである。

​3年3組 女子・女子