うめざわ あさき

梅澤 朝樹 さん

卒業年:

2000年

 

現在の勤務先:

株式会社リコー ⇒

ヤフー株式会社(2016.11予定)

仕事内容:

複合機、プリンター、ウェブ、

アプリの UI(User Interface)デザイン、

UX(User Experience)デザイン

人生のデザイナー梅澤

一に野球、二に野球、まさにそんな高校生活だった……。

梅澤朝樹さん、三十四歳、今日現在無職。それに至った経緯は次の通りだ。

両親が芸術家だった。大宮高校入学後、理系の道を歩んでいたが、二年生の終わり頃、ある決意を固める。それは、芸術方面へ進学することだった。両親の後姿も背中を押したのであろう。急遽文転した彼は、美術大学に合格するための努力を始めた。そこで支えとなったのは、彼の所属していた野球部での毎日であった。当時の野球部は、練習や規律がとても厳しく、顧問の一挙手・一投足が恐ろしかった。しかし、そこで育んだ忍耐力と精神力が後の受験勉強を支えたという。 無事、武蔵野美術大学に入学。成績優秀で卒業制作の商品デザインでは最優秀賞を受賞した。また、美術大生でありながら野球サークルのキャプテンとしての時間を有意義に過ごし、活躍した。

大学卒業後は株式会社リコーに入社。持ち前のデザイン力や発想力に加え、野球部で得た粘り強さを武器に顧客の意見を積極的に取り入れ、デザインを提案していく。しかし入社当時はプロジェクトが廃止されることが多く、彼のデザインが世に出ることが少なかった。このままでいいのか、どうするべきなのか、そう頭を悩ませる日々を支えたのも、また野球であった。そしてついに彼のデザインした商品が採用され、製造された。しかし彼はそこで終わる人間ではない。2016年9月、リコーを退社。そして同年11月、ヤフー株式会社に入社を予定している。このように、自らのやりたいことを探求し続ける思い切った行動力もまた、野球由来である。

2年9組 男子

デザインで生活を豊かに

シンプルなボタン配列に彩られたタッチパネル。滑らかでストレスフリーな操作性。世界で愛されるRICOH複合機のユーザーインターフェイスをデザインした。  

朝から晩まで野球漬けの高校生活が人生の礎を築いた。キャプテンとなるも更迭されて試合に出られる機会が激減したが、それでも努力する粘り強さは、社内で案件を通す時に生かされた。野球部引退後に半年間の予備校通いを経て武蔵野美術大学に合格できたのも、野球で培った集中力のおかげだった。  

RICOHの複合機UIのデザイナーとなり、従来のUIの大変革に挑んだ。機能向上が限界を迎え、複合機市場の飽和が叫ばれる中で、他社との差別化が必須だと考えたからだ。世界中の顧客の意見を自ら集め、文献や他の電子機器の規格を調べ、独自に利便性を定義づけた。「決められた方法はない。どうしたら良い製品が作れるか。」その一心で分析を進めた。試作品を使った海外の顧客の声を上層部に届け、製品化にこぎつけた。「努力は報われる。」高校時代の野球部引退試合後、共に頑張った主将からの「君のお陰で頑張れた」という言葉は、今でも心の拠り所になっている。  ヤフーに転職することを決めたのはキャリアアップのため。工業製品からソフトウェアのデザイナーへ。包括的なデザイナーとしての活躍を目指しつつ、こう語る。  

「未来を選択することへの後悔はつきまとう。後悔したとしても”これはこれで良かった”と励ましてくれるのは過去の自分しかいない。未来の自分を励ませるよう、今を誠実に、精一杯生きよう。」今後、インターネットやIoTなど、可能性が広がる分野に対し、デザイナーとして関わることへ意欲を見せる。挑戦は終わらない。

​3年10組 女子